ようこそ、喫茶モヤモヤへ。
ここは、仕事や人生の中で抱えたモヤモヤを、コーヒーに混ぜるみたいに言葉にして置いていく場所です。
今日も少しだけ、胸の内を。
明日、仕事に行きたくない。
そんな気持ちになる夜、ありますよね。私もよくあります。
頭では「行かなきゃ」と分かっているのに、心がまったくついてこない。
このまま布団の中で時間が止まればいいのに、って思う夜。
でも、そう感じるのは、ちゃんと頑張ってきた証拠だと思います。
何もしていない人は「行きたくない」とは思わない。
頑張って、気を遣って、我慢してきたから、
「もう少し休みたい」って心が言っているだけなんですよね。
私もそうだけど、嫌なことから逃げるには「環境を変えるしかない」と思いがちです。
もちろん、それも立派な方法。環境を変えて救われることは確かにあります。
でも、もし今すぐ動く気力がないなら、無理して変えなくてもいい。
環境を変えられない夜は、「見方」を少し変えてみるだけでもいい。
それだけで、心がほんの少し軽くなることがあります。
たとえば、評価に縛られて苦しくなるとき。
「ちゃんとやらなきゃ」「結果を出さなきゃ」と思うほど空回りして、余計にしんどくなる。
でも、ふと気づきました。
評価するのは自分じゃない。
だったら、自分の中で納得できるようにやればいい。
「出し切った」「今の自分にはこれで精一杯だった」――そう思えるなら、それでいい。
結果よりも、自分の納得を大切にした途端、心の鎖が少しゆるみました。
人の目が気になるときも、同じです。
「嫌われたくない」「全員にいい顔をしなきゃ」と気を張り続けて、心がへとへとになる。
でも、全員に好かれる人なんていない。人気者にだって必ずアンチがいる。
それに、自分だって苦手な人がいても、四六時中その人のことを考えているわけじゃない。
――たぶん相手も同じです。
そう思えた瞬間、「まあ、嫌われてもいいか」と少しだけ力を抜けました。
“分かってくれる人がいれば、それでいい”。世界が少し優しくなります。
“見方”を変えるための小さな習慣も効きます。
朝、出勤前に空を見上げて「今日の雲、意外ときれいだな」と思ってみる。
私はよく本を読みます。登場人物の考え方や失敗に触れると、
「自分の見方がすべてじゃないんだ」と思えるから。
本が苦手なら、映画でも音楽でも、人の話でもいい。
自分以外の視点に触れると、“今の自分”を少し客観的に見つめ直せる瞬間が生まれます。
誤解しないでほしいのは、これは「我慢しろ」という話ではないこと。
無理やりポジティブになる必要もありません。
見方を変えるというのは、現実を無視することじゃなく、
現実に飲み込まれないための整え方です。
嫌なことを消そうとしなくていい。ただ、少し距離を置いてみる。
「まあ、いっか」と小さくつぶやくだけでも、明日の朝の気持ちは少し変わるかもしれません。
明日が来るのが憂鬱な夜は、まず自分に「よく頑張ったね」と言ってあげてください。
そして、深呼吸をひとつ。今は、何も変えなくていい。
明日を“少し楽に迎えるための夜”にすればいい。
どこに行っても嫌なことはある。
でも、見方を変えれば、その中にも小さな「救い」は見えてくる。
明日は、少しだけ自分に優しく働けますように。